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□けものの国の蟻巣
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けものの国の蟻巣
気温の高い、気だるい午後だった。蟻巣は言いつけ通り彼が本を読み終わるのをじっと待ち続けおり、幹に凭れ細かな光の踊るページをめくって、メガトロンは大量に並ぶ文字列を黙々と追っていた。
――暑い。
蟻巣は思った。全身から噴き出す汗が体を伝う感覚が物凄く不快で、無意味に照りつけるあのぎらぎらしたものに水をかけてしまいたい。そうしたら、少しは涼しくなるんだろうか。睨みつけてやりたかったが、そうすると目が眩むので代わりに地面を睨んでいた。
熱い。
光が眩さを増した気がした。
「…うわぁー……!」
「?」
ぼうっとしていた蟻巣が顔を上げると、空にぽつりと一点、黒い影。鳥?先ほどの奇声は、鳥の鳴き声にしてはあまりにニンゲンじみていたが…鸚鵡か、九官鳥だろうか
「ぁああぁぁーーー!!」
飛来物は蟻巣の頭の至近距離で急降下、ドップラー現象を起こして急上昇していった。
「…ゴ」
数秒遅れて、蟻巣がぱたんと地面に倒れる。耳の中ではさっきの声がわんわん響いて、目は空に舞い上がっていった緑色の影を追う。
ヒトだ。緑色の服を着て、羽を生やしたヒト。
飛べるヒトを初めて見た蟻巣は驚いたが、俄かには信じがたいその光景をすんなりと受け入れた。実際に、目の前でめちゃくちゃに空を舞う存在が在ったので。
「…子供でごっつんこ」
「うわぁぁあ〜ん!!」
蟻巣が目を凝らすと、その緑のヒトはまだ子供のように見えたし、そして泣きじゃくりながら飛んでいた。ぎゃあぎゃあ泣きわめいて腕もぶんぶん振りまわして、泣き方もまるっきり幼児のそれだ。軌跡があんなに目茶苦茶なのは、あいつが泣いてるせいか。
蟻巣は納得し、仰向けの状態から腹筋を使って勢いよく飛び起きた。メガトロン様に怒られたらどうしよう…と服に纏わりついた木の葉を払い落し、本を読み続けているメガトロンがページをめくる動き以外で微動だにしないことを確かめ、心の中でほっと安堵のため息をついた。常時相手を睨みつけている表情で固まった鉄仮面が、揺らぐことはなかったけども。
蟻巣は元のようにその場に座りなおした。
光のうかがえない瞳で大地を睨みつけていた彼の視線は、今大空を(かなり無茶苦茶だが)闊歩する翡翠色に向けられていた。
右手の雑木林の、一際大きな高い木にそれが体を掠めそうになれば体が若干右に傾き、左の草原に墜落するのかというほどの急降下、そして急上昇を繰り返せば蟻巣の体が左に傾く。
そうか俺はさっきあれをやられたのか。
なんて迷惑な奴だと蟻巣は思ったが、退屈しのぎを見つけた彼の心情はそう悪いものでは無かった。
タランスに怒られるぅう〜!と泣き叫び飛び回る子供を見ていて、怒る気概も失せたのだった。
見ているだけで酔いそうになるほど急旋回、急上昇したかと思えば突然空中で止まって、辺りを見渡し…一際大きな声で泣き喚く。
なにか探しているのだろうと蟻巣は思ったが、可哀そうだとか手伝ってやろうという気はこれっぽっちもなかった。
ただ何を探しているのかという点だけは別で、空飛ぶ子どもが何をあれほどまでに探しているのか。その疑問、湧き上がった好奇心に突き動かされ、蟻巣は立ち上がった。
大声で呼ばわろうと胸一杯に息を吸い込み、口元に手を添える。
「蟻」
「ゴッ?」
静かな声で、メガトロンが彼を呼んだ。
読書中のメガトロンが、自分の名を呼んだ。それだけで蟻巣は自分が何をすべきなのか悟り、少しだけ残念に思った。
「目障りだ」
「…了解ごっつんこ」
サイレンサーを装着したアサルトライフルを構え、蟻巣は心の中で子供に語りかけた。
すまないが、女王様はやかましいものが嫌いなのだ。
陽の光を受け光輝いている子どもは、スコープの中でも泣きじゃくっていた。十字に緑色を捕らえた瞬間、銃口が火を噴いた。セミオートで放った弾薬は、少し狙いからずれ子供の左わき腹を貫いた。
遠目にも良く見える赤い液体をまき散らしながら、子どもは空から落ちてきた。100mほど離れた地点に落下した肉塊を、蟻巣はじっと見つめ、凛とした声でメガトロンに報告する。
「任務完了ごっつんこ」
「ご苦労」
メガトロンは結局、一度も顔を上げることはなかった。