clap log
□marry me! その他
1ページ/2ページ
目覚めは最悪だった。
スコルポスの夢の中で、顔をしかめたメガトロンは言った。
「貴様を副指揮官の任から降ろすからな」
夢だとはいえ、あまりのショックに言葉を無くしたスコルポスに、夢の中のメガトロンは「言っておくが、これは正夢だ」と親切にも忠告して消えた。生々しい夢だった。その日一日、スコルポスがメガトロンを避けてしまうには充分なほどに。
メガトロンは普段、スコルポスに逃げられても(ちなみにそれは、実によくあることだ)その先に回り込むか、はたまた逃げられる前に押さえ込むのが常である。その捕獲成功率は9割を切っており、狙えば捕えるが当然となっていた。知略を巡らせ罠にかける姿は流石破壊大帝である。
そう、狙った獲物は逃げる前に捕まえる。それがメガトロンのポリシーであった。であるからして、今回の出来事はイレギュラーであったのだ。
「うっ、うわぁあああああああ!!」
スコルポスは必死で逃げていた。冗談もからかいも何も無しに、ただ全力疾走で追ってくるメガトロンから死ぬ気で逃げていた。
「待たんかスコルポス!!」
走っているのに何故あんな声量が出るのか、いつか呼吸法を教えてもらおうとスコルポスは心に誓った。ただそれは、「今」を無事に乗り切れたらの話だ。
つかマジあの人足速くね?あきらかに足の長さ違うんですけど…!?
気を緩めることなど出来ず(なにせ後ろにはメガトロンが迫っている)、ひたすら全力で疾走するスコルポス。その目の前に突然、ダンボールが現れた。
「うおおっ!?」
叫びながらも、避けた。ハードル競争の要領である。
「あっ、ぶね…!な、なんであんなとこに!?」
つかアレ確実に、その先の角から出てきたような気が。
駆け抜けながら、スコルポスは横に伸びる通路に目を向けた。するとそこには、腹立たしくなるような顔で笑っているタランスが。手に持った札に、朱文字で何か書いてある。
10点
「てめぇタランスこのやろぉおお!!」
返事の変わりに親指を立てられた。意味するところはさしずめ"グッジョブ!"と言ったところか…ふざけるな!引き返してぶん殴ってやる、とスコルポスはブレーキをかけかけた。
が。
「っ!つつつ!」
背中を掠めた、何か。金属的な硬さでは無かったけれど、細く長かったそれが何であったか感づいた瞬間、スコルポスは速筋を爆発させる。
だが時既に遅く。
「掴まえたぞ…!」
荒い息を吐く己とは対照的な、少しの乱れもない声。腰に回された腕に締めつけられると、ぐえっと間の抜けた音が喉から漏れた。尋常じゃなく汗をかいた背中が、誰かさん、いや誰か様の脇腹あたりにぴったりと密着しているのに慌ててもがくが(なんといっても、あの人の服を汚してしまうなんて恐ろしすぎる)、だんだんと力を強める締め付けに息が止まりそうになる。
「暴れるんじゃない!」
数十センチと離れていない場所から恫喝を喰らい、思わず身をすくめた。
今日はお叱りを受けるようなことはしてない筈だ、と思いはするも竦んだ体は中々自由にならない。血管まで恐怖でかじかみ、動くまいと硬化していくようだった。
荒い息を整える為、無意識に吸い込み吐き出す空気の中に感じた痛いほどの存在感にくらくらする。
嗚呼そういえば、この方にこんなふうに強く抱きしめてもらえるのなんて、いつぶりだっけ?
「いいか良く聞け、俺様が待てといったら直ぐさま止まれ。来いと行ったら走って寄ってこい!」
わかったか!と凄むメガトロンに、スコルポスができたのは頷いて見せることだけだった。
そしてようやく大人しくなったスコルポスに、メガトロンが告白じみた命令をするまでもう僅かな時間も無い。
それはスコルポスの想像の範疇から余りにも逸脱した内容だったが、悪夢に躍らされ恐怖を感じ危機感を抱いたのは、何もスコルポスだけでは無かったのだ。
「逃げられると思うなよ…」
夢の中で背を向け駆けていった、その後ろ姿と寸分違わぬ様を見せつけてくれた部下は今腕の中にいる。捕らえているからだ。口ではどうとでも言いながら、解放すれば直ぐさま飛び出し逃げるのだろう。そういう男だ、こいつは。
副指揮官の座に据えてやったのにまだ従わないというのなら、新たな縛りが必要だ。その為なら、なんであれ利用してやろう。
憤る身の内を鎮めるように、長く深く息を吐いた。何故ここまで俺様が必死にならねばいかんのだ、こいつが只、逃げずに側に居れば良いだけであるのに。
忌ま忌ましいと舌打ちすれば、怯えたスコルポスが身を震わせる。メガトロンは顔をしかめた。それは意図せず、スコルポスの夢そっくりに。
唸るようにしてメガトロンは命令を下した。
marry me!
end
―――――
結婚しようよという話。